8 まだ少しの瓦礫が残っている場所の前に佇んでいる赤いコートが目に入ったとき、エドワードは吃驚した。 驚いて、思わず足を止めてしまう。 目を凝らした先の背中には、懐かしいフラメルの紋章。 「オレ……が、いる?」 一瞬、混乱する。 世界どころか時空も超えたのか? もしかして? 十五歳のオレとご対面かよ? そんな思いのままに呟けば、隣で怪訝そうにしつつも呆れている気配がする。 普通は、過去の自分がいるなどという発言はしないだろう。 ホムンクルスだとか、扉の向こうの世界に行ったエドワードにしてみれば、なんでもあり、の気がしているが。 エドワードが立ち止まるのにあわせて、アルフォンスも歩みを止めたようだった。 それを視界の端で確認しつつ、エドワードはもっと目を凝らした。 あそこに立っているのは、本当に十五歳の自分だろうか? そう思いつつ、エドワードは見つめた。 エドワードより、少し色味の濃い髪をしている? 背は……背は………………。 ……………………いや、それは、いい。どうでもいい。関係ない。 多少頬を引き攣らせつつ、エドワードは視線を移した。 両手には白い手袋。僅かに見える両の掌に……。 「錬成陣?」 エドワードは眉を顰め、掌を見つめた。 過去の残像を、呼び起こす。 白い手袋に覆われていた両手。そこに錬成陣を書き記したことはない。 エドワードに、それは必要なかった。 構築式は、すべて、エドワードの中にあった。 両手を合わせ、力を循環させる。 それだけで良かったのだ。 はっと視線を戻した。 夢の中のアルフォンスの姿を、残骸の前に佇む人物の姿を重ね合わせる。 思い出せ。 エドワードは今朝の夢を思い起こした。 あの夢の中で、アルフォンスはどんな格好をしていた? 思い出せ。 思い出せ。 思い出せ! 必死に記憶を呼び起こすけれど、思い出せなかった。 どんな服装をしていただろう? (ああ、でも、あれはオレの願望の投影が) 幼い顔立ちは思い出せるのに。 (お前が無事な姿を、オレは見ていないから。だからあの姿は願望の投影) 長い髪が、吹く風に揺れる。 蜂蜜色の。父親譲りの、髪の色。エドワードより、少しだけくすんだ感じの金髪。 「アルフォンス?」 呼びかけると、エドワードの隣で「はい?」と答える声がした。 エドワードは「あっ」と思って、アルフォンスを振り返る。 青い瞳。柔和な表情。門の向こうのアルフォンス。 無意識に顔を顰めてしまう。 まったく、ややこしい。 「人の顔を見るなり、顔を顰めないで下さい」 不機嫌に言い放ったアルフォンスが、「なんですか?」と聞き返すのに、エドワードは小さく舌打ちした。 「ええっと、いや……」 どう言えばいいだろうかと言葉を探すように、躊躇いつつ言葉尻を濁すと、アルフォンスは気づいたようだった。 「ああ」 と、ひとつ頷いて、肩を竦めた。事情を察してくれたらしい。 「やっぱり僕はあの場所で待っていたほうが良かったみたいだ」 そう言ってくるりと踵を返そうとするのを、エドワードは慌てて止めた。 「ちょ……待てよ、アルフォンス!」 叫ぶように声を上げると、背中に突き刺さるような強い視線を感じた。 その視線の主を、エドワードは知っている。 体が震えた。 心が震えたのかもしれなかった。 「兄さん……?」 問いかけるように呼ばれた。 懐かしくも、幼い声。 綺麗な、ボーイソプラノ。 鎧姿のときには、気にはならなかったけれど。 (声だけ聞いたら、お前、女と間違われてしまいそうだぞ、アル) 優しい声のトーンは、きっと、母譲りだ。 振り向けないままで、エドワードはそんなことばかり考えた。 「兄さん? 兄さん、だよね?」 問いかける声が、大きくなった。 「エドワードさん、弟さんが呼んでますよ」 振り向かないまま、固まってしまったように動かないエドワードに、アルフォンスの苦笑混じりの声がかけられた。 「ほら、ずっと会いたかった人でしょう?」 促すようにアルフォンスがエドワードの肩を掴んで、体を反転させた。 そのとたん、弟と、まともに視線がぶつかった。 いつの間に間近に来ていたのか、アルフォンスは目の前にいた。 目線が、エドワードと変わらない。 「……アル……」 吐息のように掠れた声で、やっと、それだけを呟けた。 まるで十五歳のときのエドワードの姿をなぞるような格好を、している。 「兄さ……」 くしゃりと顔を歪めて、泣くのを必死に堪えたアルフォンスがさらに一歩、エドワードに近づいた。 恐る恐る、歩み出される足。 エドワードは、一歩も動けないまま、アルフォンスが近づいてくるのを見つめていた。 堪えきれずに涙が滲んだのか、ぐいっと、アルフォンスの拳が目元を拭って。 「こんの、馬鹿兄―――――――――っ!」 鼓膜が破れんばかりの叫び声と共に、握られたままの拳、渾身の力で、エドワードは頬を殴られた。 |