11

 ウィンリィが、エドワードとアルフォンスに気づかれないようにそっと部屋を出ると、その後を、アルフォンスに似た青年がついてきた。
 静かにドアが閉められて、ウィンリィは、やっと息をつけた。
 たった扉一枚。けれど、その一枚が、こんなにも安堵をくれる。
 胸の中に渦巻いている気持ちを、ウィンリィは整理できそうになかった。
 機械鎧を開発した、ずいぶん昔――エドワードやウィンリィが生まれるずっと以前に、故人となってしまっている偉大なる技師の名前を口にしたエドワード。
 四年間の記憶がないといったアルフォンス。
 違和感。
 あのふたりは確かにウィンリィの知っている幼馴染みだけれど、『誰』なのだろうという疑問。
 不調和。
 間違い探しの絵のような……。
「あの、……どうぞ」
 不意に声をかけられて、ウィンリィは涙でかすんだ目を上げた。
 違和感があるけれど、やはり、あのふたりが戻ってきてくれたのは正直に嬉しい。
 昔から緩い涙腺は、やはり緩いまま。
 自然と涙が溢れてきた。
 困惑気味に差し出されたハンカチを、ウィンリィは遠慮なく借りることにする。
「ありがとう」
 我慢できなくて溢れた涙を、ハンカチで拭った。
 でも、あとからあとから涙が流れてきて。
「あはは、目が腫れちゃうかも」
 明るい声でそう言ったつもりが、どうやら失敗したらしかった。
 青年が、困ったように首を傾げている。
 居心地が悪そうにしていながら、それでも、ウィンリィの傍にいてくれる。それは、とても安心できることだった。
 もしかしたら、たんに、他人の家の中を勝手に歩き回るのは気が引けるだけだったのかもしれないけれど、ウィンリィは、自分の都合がいいように解釈しておくことにした。
 ひとしきり泣くと、やっと、落ち着いた。
「これ、ありがとう。洗って返すわね」
 借りたハンカチは、ウィンリィの涙でしっとりと濡れている。
 ハンカチを指差し、泣いて真っ赤になった目を向けると、やっぱり、青年は困ったように首を振った。
「かまいませんよ」
 そう言いながら、ウィンリィの手からハンカチを取ろうとする。
 ウィンリィは慌てて、それを制した。
「ちゃんと洗って返すから!」
 言い切って、それをポケットにしまいこむ。
 青年の困惑が深くなったけれど、ウィンリィが引かないとわかって諦めたのか、「お願いします」と小さく笑った。
 ウィンリィに笑いかけたあと、青年は、背後のドアの中の様子を窺うように振り返る。
 心配で落ち着かない様子に、ウィンリィは「大丈夫」と言った。
 他人に言い聞かせているようで、その実、自分に言い聞かせているようだと思いながら、くりかえして言った。
「え?」
「エドも、アルも、大丈夫だから」
「……」
 青年はウィンリィの言葉に、曖昧な笑みを浮かべた。
 その笑みの意味が、ウィンリィには判らなかったけれど、ただ、どうやら自分は見当違いのことを言っているんだと気づいて、では、なにを気にしているんだろうともの問いたげに青年を見たが、ウィンリィの視線には気づかなかったようだった。
「意外でした」
 青年がぽつりと言った。
 ウィンリィは静かに青年の言葉に耳を傾ける。
「ボクが知っているエドワードさんは、他人には興味がなさそうだったから、あんなふうに接する姿は、……いくら肉親が相手でも、あんなふうに触れるって言うか、抱きしめているのが意外としか言いようがなくて……」
 本当に驚いてしまって、と、言葉を途切らせた青年に、ウィンリィは苦笑した。
 まあ、当然の反応だろうと思う。
 ウィンリィをはじめ、リゼンブールの知り合いたちの誰もが、あのふたりの仲の良さを知っているから、いまさらどうとも思わないけれど、あの異常なくらいのスキンシップは、たしかに、はじめて見た人にとっては衝撃的だろう。
「エドとアルのアレは、普通よ。ずっと昔から、仲が良すぎるくらい、仲が良かったもの。それはもう、異常なくらい。何をするのも、どこに行くものふたり一緒で、ひどいときは他人なんか目に入ってなかったわね。でも、すぐに慣れるから」
 慣れてしまえば気にならないから、と茶目っ気たっぷりに片目を瞑って言うと、青年は苦笑した。
 そっと、目を伏せるように俯いて、「そうですね」と頷いた。
「ところで、ええっと、わたしはあなたをなんて呼べばいいのかしら? あ、わたしはウィンリィよ。ウィンリィ・ロックベル。エドとアルの幼馴染みで、機械鎧技師見習い卒業、……予定」
 言いながら手を差し出した。
 ウィンリィの手を握り返しながら、青年が名乗る。
「ボクはアルフォンス・ハイデリヒです。エドワードさんとはルーマニアで知り合って、いまは、ミュンヘンでロケットの開発を」
「アルフォンス?」
「ええ、そうです。エドワードさんの弟さんと同じ名前です」
 目を瞬いたウィンリィの前で、青年は、少しだけ淋しそうに笑った。