20

「愛している」という言葉を耳にして、アルフォンスははっとふたりを振り返った。
 弟の視線から顔を隠すように俯いたエドワードの横顔は、泣き出しそうに歪んでいた。
 エドワードと彼の弟の何度か交互に見つめて、アルフォンスは怪訝そうに首を傾げる。
 人のアパートに押しかけてきて、わざわざ牽制混じりののろけをしてみせているのかと腹を立てかけたが、それにしてはエドワードの様子がおかしいと感じた。
 息を押し殺すようにして観察していると、弟の様子もおかしいことに気づいた。
 苦しそうにエドワードを見つめている。
「アル」
 まるで喘ぐように、エドワードが弟を呼んだ。
 息が詰まりそうなほどの緊張が、アルフォンスの部屋の中に満ちている。
「アル、オレは前にも言っただろう? お前のことは大事だし、好きだけど……それは家族としてで、恋愛対象じゃないって」
 アルフォンスはエドワードの言葉に目を見張った。
 正直に、意外だと思った。
 アルフォンスの目から見ても、エドワードはなによりも誰よりも弟を大事に思っている。
 それなのに、弟の想いを受け入れていない。
 家族以上の感情を、持っていない。
 エドワードは、そう言っている。
 でも。
 アルフォンスは思う。
 でも、割り込めない。
 自分ではダメなのだ。
 他の誰でもダメなのだ。
 エドワードが求めているのは、エドワードの心を占めているのは、いつだって。どんなときだって、弟の存在。
 彼、だけだ。
 ぎりっ、と奥歯を噛み締め、手を握りこんだ。
 どうして、出会ってしまったのだろう。
 どうして、惹かれたりしたんだろう。
 ただの友人のままだったら、こんなにも苦しい思いはしなかった。否、この姿でさえなければ、ここまで苦しくはなかったのかもしれない。
 そんなことを思いながら見つめていると、エドワードの弟と視線が合った。が、彼はすぐに何かを考え込むように、眼差しを空に向けた。
「――兄さん」
 視線を元に戻した少年が、アルフォンスに視線を固定したまま口を開き、エドワードがゆっくりと顔を上げ、弟を見た。
 それに合わせて、少年がエドワードに視線を向ける。
 困ったような笑みを浮かべてエドワードを見つめる少年の瞳は、深い色を湛えているように思えた。
 アルフォンスを射抜くように見るときの鋭さはなく、当たり前だけれど嫉妬も感じられない。
 怯えてしまったようなエドワードを落ち着かせるように、ただ、静かだった。
 弟のその様子に、エドワードの体から力が抜けた。
 安堵の息をついたのが、わかった。
 それに気づいた少年の唇が、わずかに苦笑を刻んだ。
 アルフォンスはそれを見つめている。
 まるでこの場に存在していないように、息を潜めて。
 エドワードと彼の弟を取り巻いている空気を、空間を壊さないように。
 ここは自分が住んでいるアパートなのに、と、馬鹿馬鹿しさを感じながら、アルフォンスはひっそりと佇んでいた。
「兄さん、ごめんね。ボクはどうしても焦ってしまうみたいだ」
 言いながら、エドワードの弟は壊れ物を扱うような慎重な指運びで、兄の髪を梳いた。
 愛しさを隠しもしない表情。
 アルフォンスですら、はっと胸を突かれてしまいそうなほど、溢れる想いがその表情に表れている。
「もう二度と、離れたくないから……」
「おまえが言う「好き」は、きっと、勘違いだ。また離れたら……それが怖くて」
「それは兄さんが決めることじゃないだろ」
 エドワードの反論を、弟がぴしゃりと遮った。
 不愉快そうにエドワードが眉根を寄せるものの、弟には効いていない。
 普段の力関係が如実に現れているようで、アルフォンスはこっそりと笑ってしまった。
 そんな場合じゃないのに。
 自分の想いも関係しているのに。
 けれど、それを忘れさせてしまうほど…………。
 アルフォンスは自らの考えを振り払うように、頭を振った。
 ふたりに視線を戻したところで、また、弟と目が合う。
 意味深に細められる眼差し。
 アルフォンスは怪訝に思いながら、首を傾げた。
 彼は――なにを考えているのだろう?
 疑問を抱きながら、だが、何も言わずに黙ったまま、アルフォンスは成り行きを見守った。
「兄さん」
 もう一度そう呼びかけた弟は、なにを考えているのか、思いもかけないことを口にした。