22

 公園のベンチ座って、ウィンリィとふたりでエドワードを待っていると、
「勝てる勝算は?」
 呆れを隠さずに、ウィンリィが唐突な言葉を口にした。
 最初、言われた言葉の意味が解らず、アルフォンスはきょとんと瞬きをひとつしたけれど、すぐに、にっこりと笑いかえした。
 アルフォンスのその笑顔の意味を、どう解釈したのか、
「……自信満々なわけね」
 たいした自信家だこと。嫌味を零して、ウィンリィが椅子から立ち上がる。
「どこに行くの、ウィンリィ? もうすぐ兄さんが来るよ?」
 アルフォンスが仰ぎ見るように見上げると、ウィンリィはさらに呆れた顔をして言った。
「お邪魔虫は退散するわよ」
「ウィンリィを邪魔だと思ったことないよ」
 驚いてそう言うと、ウィンリィに軽く睨みつけられる。
 どうして睨まれるんだろう?
 不思議に思いながら首を傾げると、仕方なさそうに歪められる表情。
「ウィンリィ? どうかした?」
「……別に、どうもしないわよ」
 苛立たしさと悲しさが、同時に表れた表情。
 どうしたの、ともう一度問いかけようとした声を、ウィンリィの仕草に気づいて飲み込んだ。
 なにかを押し込めるように。振り切るように伏せられた瞼。
 次にウィンリィの瞳が開かれたときには、アルフォンスの良く知る表情が浮べられていた。
 問いかけるタイミングを、完全に失ってしまった。
 なかば呆然とウィンリィを見つめ返していると、ウィンリィがにこぉと笑った。
「アル、今日もエドを口説くんでしょ?」
「え?」
「だったら、わたしは邪魔者じゃない。馬に蹴られたくないから、退散するわ」
 ひらひら〜と手を振ったウィンリィを、アルフォンスは慌てて引き止めた。
「ウィンリィ、待ってよ! 今日は三人で……――」
 久しぶりに過ごそうって決めてたじゃないか。
 そう続けようとした言葉は、けれど、音になることはなかった。
 アルフォンスはウィンリィの表情に息を飲む。
 今にも泣き出しそうな顔。
「ウィンリィ?」
 気遣うように呼びかけると、ぴくりと細い肩が揺れた。
「あのね、アル」
 アルフォンスから表情を隠すように心持ち顔を俯けたウィンリィが、彼女らしくなく、小さな声で言った。
「わたし、アルには幸せになって欲しいのよ」
「ウィンリィ?」
「ううん、アルだけじゃない。エドにも幸せになって欲しいから……」
「うん、ありがとう。ボクもウィンリィには幸せになって欲しいよ。兄さんだって、ばっちゃんだってそう思っているから」
「――――うん」
 アルフォンスの言葉に泣き笑いのような顔をして、ウィンリィが頷いた。
「だからね、早くエドとふたりで幸せになって」
「応援してくれるの? 変とか気持ち悪いとか思わないの、ウィンリィは」
「思わないわよ、そんなこと!! 馬鹿なこと言わないでよ。世界中が敵になっても、わたしはエドとアルの味方よ」
 憤慨して声を荒げたウィンリィに、アルフォンスは「ありがと」と呟くようにお礼を言ったけれども、さっきの言葉に気分を害したらしい様子のまま、ウィンリィが言った。
「エドとアルが二人一緒にいることが、当たり前で、自然で。ふたりが二人一緒にいないなんて、他の誰かを傍らにいさせているなんて、すごく違和感があるわ」
「アルフォンスさんでも?」
「どんなに顔が似ていても、名前が一緒でも、彼は彼で、アルじゃない他人で、別人でしょ」
 なにを言っているの、と呆れたウィンリィにぽかりと頭を叩かれた。
「痛いよ、ウィンリィ」
「全然痛くないくせに、痛がらないの!」
 わざとらしい態度に怒った顔をされて、アルフォンスは悪戯っ子のように首を竦めた。
「……ねえ、ウィンリィ、兄さんもそうなのかな?」
「なにが?」
「ボクとアルフォンスさんを別人として見ているのかなって」
「最初はどうだったか知らないけど、いまはちゃんと別人として見ていると思うわよ。だってアルと彼じゃ全然似てないじゃない」
「似てない……かな?」
「似てないわよ。顔と名前が一緒、それ以外はね」
 肩を竦めて言ったウィンリィに、アルフォンスは淡く微笑んだ。
 似ていないと言われて、ほっとした。けれど、同時に複雑な気分と不安を味わう。
 エドワードがアルフォンス・ハイデリヒをアルフォンスの代わりとして見ていてくれたなら、話はとても単純で、もっと早くにエドワードの答えは出て、エドワードとアルフォンスが離れていなければいけない時間など、必要なかっただろう。
 そんな風に、アルフォンス・ハイデリヒに不利な、そして自分には都合のいいことを考えていたアルフォンスは、「アル」と躊躇いを含んだウィンリィの声に呼ばれて、思考を中断した。
 珍しく、ウィンリィが言いよどむ様子を見せている。
 落ち着かない様子を見せている幼馴染みに、アルフォンスは首を傾げた。
「どうしたの、ウィンリィ?」
 なにを躊躇っているんだろうと、不思議に思いながらそう問いかけると、ウィンリィは困ったように眉根を寄せて、きゅっと唇を引き結んだ。
 けれどそれは一瞬で、彼女はすぐに、意を決したように口を開いた。
 明るく、屈託のない、アルフォンスの良く知っている表情でウィンリィは言った。
「アル、わたし、エドとアルが好きよ」
 唐突なその言葉に面食らって、アルフォンスは目をまたたいた。
 ウィンリィの突然の言葉を胸の内で反芻して、咀嚼し、理解すると同時に、アルフォンスはにっこりと笑った。
 本当に、嬉しいと思った。
 アルフォンスが知っている『ウィンリィ・ロックベル』じゃない人。
 違う世界の、幼馴染みじゃない、ウィンリィ。
 その彼女がくれた言葉は、アルフォンスとエドワードを肯定する言葉だ。
 受け入れてくれた言葉。
 大事な家族だと、認めてくれている言葉。
 彼女たちの知っているエルリック兄弟じゃなくても。
「ありがとう。ボクも、そしてきっと兄さんもウィンリィが好きだよ。ううん、ウィンリィだけじゃない。ばっちゃんも好きだよ」
 たとえ自分たちが知っているふたりじゃなくても、この数日間で生まれた感情は、もともとあった感情とは違うもの。
 新しく生まれた、この世界の家族に対する愛しさだ。
 アルフォンスがそう言うと、ほっとしたようにウィンリィが頬を緩めた。
「うん、ありがと。わたしもエドが好き。アルが好き。――本当に、大好きよ」
 優しい。とても優しい笑顔でウィンリィが言った。
 このときウィンリィがくれた言葉の意味を、アルフォンスが知るのは、もっと、ずっと、後のことになるのだけれど、ウィンリィの――大切なもうひとりの家族の言葉を額面どおりに受け取って、アルフォンスは満面の笑顔で頷いた。