28 振り払われた手を見つめ、アルフォンスはむっと眉根を寄せた。 ああ、もう、まったく。相変わらずの天邪鬼。頑固者。 アルフォンスは大きな溜息を押し殺しながら、思った。 素直な返事を期待した自分が、きっと、馬鹿だったのだと思うけれど、エドワードの無意識の態度から察するに、遠まわしでもアルフォンスの気持ちに応える言葉をくれると思っていたのに……。 頑なに言葉を、気持ちを押し込めるエドワードの頑固さに、さすがに苛立ちが抑え切れなかった。 むっとした顔のまま宣言するように、アルフォンスは言った。 「ボクも認めないから」 そうだ、認めるわけにはいかない。 まるでなにもなかったように。 今までと同じに、ただの家族として。兄弟としての絆と関係を維持して、アルフォンスの想いすらなかったかのように過ごそうなんて。 エドワードの想いすら、錯覚だったようにしようだなんて。 なにも言わないままですまそう、なんて。 自分の想いを気づかなかったことにしようなんて。 そんな――そんな我儘、許せない。許せるわけがない。 許していいはずがないのだ。 だって、アルフォンスは偽りなく自分の想いを告げた。 禁忌だと解っていても、家族という枠を超えてしまった想いは、押し殺せないほど募って。 下手をすれば、想いを告げることによって、エドワードの傍にいられないかもしれないという、そんな恐怖すら無理矢理押さえ込んで想いを告げたのだ。 それなのに、エドワードだけそんな恐怖から逃げようなんて、ずるい。 家族としての好き。 そんな答えなら、いらない。 解りきっている言葉が欲しくて告げた想いじゃないのだから。 「え? アル、いま、なにを言った? 聞こえなかったぞ?」 「ボクも認めないから。そう言ったんだよ」 さっきよりも強い口調でもう一度そう言うと、エドワードが軽く目を見張った。 アルフォンスの、いつになく強気の態度に驚いているようだった。 確かに、いままではエドワードが家族や友人に向ける想いと、『特別の想い』の違いを自覚するまで、待っていたけれど。 けれど、無意識にでもアルフォンスを求める仕草を見せられてしまったら、もう、これ以上は我慢できない。 アルフォンスの限界は、実は、とっくに超えてしまっていたのだ。 傍に居なかった時間。 会えなかった時間は、あまりにも、長かったから。 長くて、長くて、気が狂いそうだったのだから。 本当は、再会できたあの瞬間に、エドワードが欲しかった。 エドワードの全部が、欲しかった。 だから、本当のことが知りたい。 いますぐに、エドワードの本心を知りたいと思っても、たぶんそれは当然のことだと、アルフォンスは思うのだ。 エドワードを見つめたまま、アルフォンスは言葉を続けた。 「なにも言わないで済まそうなんて。黙ったままで、なにもなかったことにしてしまおうなんて、そんなずるいこと、ボクは認めないし許さないよ」 「…………」 「どんな手段をとっても、ボクは絶対に、兄さんの気持ちを訊くから」 エドワードを追い詰めるつもりはなく、けれど、本音を口にしながら、アルフォンスは手を伸ばした。 黙ったまま、エドワードがアルフォンスを見ている。 じっと、身じろぎも、咎めもしないで、立ち尽くしているエドワードの体を、攫うように抱きしめた。 強く、強く抱きしめた体の温かさ。 告げたい言葉は、いつだって、たった一言だけ。 「兄さんが好きだよ」 抱きしめている指先から、想いの全部が伝わって届けばいいのにと思いながら口にした言葉。 やはり返る言葉はなくて、アルフォンスはそっと息をついた。 応えてくれるまで。 エドワードの想いを、ちゃんと伝えてもらえるまで、なんどでも告げようと唇を動かそうとしたところで、密やかに、空気が動いた。 そうっと。 まるで壊れ物に触れるかのような慎重さで、ゆっくりと。 「アル……アルフォンス」 静かな音で名前を呼ばれたと思ったら、確かな力で背中を抱きしめ返された。 アルフォンスの鼓動が、大きく跳ね上がった。 エドワードから届く鼓動の速さが、アルフォンスのそれと重なっている。 その意味を問いかけるより先に、エドワードの声が聞こえた。 「……アルフォンス、お前だけが、大事。好きだよ。愛してる。ずっと、一生、一緒にいよう。今までみたいにふたりで……ふたりだけで生きて行こう。オレの隣にいるのは……いていいのは、アル、お前だけだ。他の誰かなんて要らない。どんなに似ていても、アルじゃなきゃ意味がない。他の誰かじゃダメなんだ」 確かな想いの言葉。 アルフォンスの胸の奥に届けられた、エドワードの気持ち。 待ち望んでいた言葉。 いま告げられた想いを。言葉を、大袈裟かもしれないけれど、死ぬ瞬間まで忘れないだろうとアルフォンスは思った。 嬉しくて、嬉しくて、なにかを言いたいと思うのに、胸が詰まってなにも言えない。 だから言葉の代わりに、抱きしめる力を少しだけ強くした。 そのとたん、「痛い」と抗議の声が返されたけれど、気遣うだけの余裕は、まだ取り戻せなかった。 不覚にも、涙まで零れてきそうで。 「…………兄さん」 泣いてしまいそうなことを誤魔化すために呼んだ声は、少し鼻声で、きっとエドワードに気づかれてしまっただろう。 けれどエドワードはなにも言わずに、ただ、優しい手つきで、優しいリズムで、あやすように背中を叩いてくれた。 「兄さん、大好きだよ」 かすれたままの声で、やっと、そう言うと、 「アル」 今までに聞いたこともないほど甘い声で、呼ばれた。 呼ばれるままに抱きしめていた腕の力を緩め、エドワードの顔を覗き込むと、やっぱり見たこともない甘い笑顔。 ずっと、望んでいた、特別の笑顔。 家族としての特別よりも、もっと、ずっと、欲しかったもの。 「アル、ずっと、一緒にいよう」 甘い言葉を囁いたエドワードの唇が、そっと、アルフォンスの唇に触れて――離れた。 |